ヨセフス『ユダヤ戦記』『ユダヤ古代誌』(正史 の史料)。扱う年は紀元前175年 〜 西暦74年、出来事345件を年代順に整理。原文のライセンスと出典つき。
| 区分 | 正史 |
|---|---|
| 視点 | 内側の視点 |
| 扱う年 | 紀元前175年 〜 西暦74年 |
| 出来事の数 | 出来事345件・地図に置いた341件 |
| 著者 | Flavius Josephus |
| 原題 | Περὶ τοῦ Ἰουδαϊκοῦ πολέμου |
地域の内訳: 西アジア 302 · 南ヨーロッパ 30 · エジプト・北アフリカ 13
| 年 | 場所 | 出来事 | 原文の位置 |
|---|---|---|---|
| 紀元前175年 | Jerusalem | 大祭司職をめぐる争いがエルサレムで起こる(題:大祭司職争いによりアンティオコスがエルサレム遠征) | 12.237 |
| 紀元前169年 | Pelusium | アンティオコスが大軍でペルシオンに来て、エジプト王を欺いてエジプトを奪う | 12.243 |
| 紀元前168年 〜 紀元前167年 | Jerusalem | アンティオコス・エピファネスがエルサレムを占領し神殿を略奪——エジプトをめぐるシリアの争いの最中 | BJ 1.31–33 |
| 紀元前167年 | Modein | マタティアが子五人とともにモデインで武装し、アンティオコスの役人(バッキデス)を短剣で殺して反乱を起こす | BJ 1.36–37 |
| 紀元前167年 | Jerusalem | 145年ケスレウ(12月)25日、アンティオコスが平和を装ってエルサレムを策略で占領 | 12.248 |
| 紀元前167年 | Modein | アンティオコスの役人たちがモデインに来て供犠を強いるが、マタティアは拒む | 12.265 |
| 紀元前166年 | Modein | マタティアが息子たちに遺言し、モデインに葬られ、ユダが指揮を執る | 12.285 |
| 紀元前166年 | Samaria | ユダがサマリア軍の将軍アポロニオスを攻めて破る | 12.287 |
| 紀元前165年 | Emmaus | リシアスが送った軍がエマオの平地に陣を張り、ゴルギアスの夜襲は失敗 | 12.298 |
| 紀元前164年 | Beth-zur | 翌年、リシアスがベトスラでユダと対峙して退く | 12.313-315 |
| 紀元前164年 | Jerusalem | ユダがエルサレムに上り、神殿を清めて8日間の再奉献の祭りを行う | 12.321 |
| 紀元前163年 | Jordan | ユダとヨナタンがヨルダンを渡って三日の道を行き、ナバテア人に会う(ギレアドのユダヤ人救出) | 12.335 |
| 紀元前163年 | Raphon | ティモテオスがラポンの向かいの小川のほとりでユダと戦って敗れる | 12.341-344 |
| 紀元前163年 | Ptolemais (Akko) | シモンがガリラヤのユダヤ人を助けに行き、プトレマイスの人々と戦う | 12.331 |
| 紀元前163年 | Jerusalem | アンティオコス5世とリシアスがベトスラ経由で神殿に籠もるユダを包囲し、和平で撤退 | 12.367 |
| 紀元前162年 | Bethzur | アンティオコスが大軍と象を率いてユダヤに進軍し、小城ベトスラを占領 | BJ 1.41–46 |
| 紀元前162年 | Antioch on the Orontes | デメトリオスが王となり、バッキデスをユダヤへ送る | 12.393 |
| 紀元前161年 | Jerusalem | ニカノルがエルサレムに来て、和平を装ってユダを策略で捕らえようとするが露見し、戦いに出る | 12.403 |
| 紀元前160年 | Jerusalem | バッキデスが再び進軍し、ユダが戦死 | 12.423 |
| 紀元前160年 | Jordan | ヨナタンがヨルダンの湖の間に陣を張り、安息日にバッキデスの攻撃を受ける | 13.12 |
| 紀元前152年 | Ptolemais (Akko) | 160年、アレクサンドロス・バラスがプトレマイスを占領し、ヨナタンに大祭司職を与える | 13.35 |
| 紀元前152年 | Jerusalem | 仮庵祭にヨナタンが大祭司の祭服を着る(160年) | 13.46 |
| 紀元前150年 | Antioch on the Orontes | アレクサンドロスが戦いでデメトリオスを討ち殺し、シリア王となる | 13.58 |
| 紀元前150年 | Alexandria | オニアスがエジプトにエルサレム神殿に似た神殿を建てる | 13.64 |
| 紀元前150年 | Ptolemais (Akko) | アレクサンドロスがプトレマイスでプトレマイオスの娘と結婚し、ヨナタンを厚遇 | 13.81 |
| 紀元前147年 | Joppa | ヨナタンがシモンとともに、門を閉ざしたヨッパの都市を攻めて占領 | 13.91 |
| 紀元前145年 | Antioch on the Orontes | プトレマイオスが婿アレクサンドロスを見捨ててデメトリオスと組み、アンティオキア付近の戦いでアレクサンドロスを破る | 13.110 |
| 紀元前144年 | Antioch on the Orontes | トリュフォンが幼いアンティオコスを王に立て、デメトリオスと戦う | 13.131 |
| 紀元前144年 | Jerusalem | ヨナタンがエルサレムの城塞の守備隊を撤去してほしいとデメトリオスに使節と贈り物を送る | 13.133 |
| 紀元前144年 | Scythopolis | ヨナタンが幼いアンティオコスの許しを得て軍を起こし、シリアの諸都市を巡ってアスカロンで歓迎される | 13.149 |
| 紀元前143年 | デメトリオスの将軍たちがケデシュ(ガリラヤとティルスの間)に集まり、ヨナタンに立ち向かう | 13.154-162 | |
| 紀元前143年 | Jerusalem | ヨナタンがローマに使節を送り、昔の友好を新たにする | 13.163 |
| 紀元前143年 | Jerusalem | ヨナタンがエルサレムの城壁と神殿を囲む城壁を再建 | 13.181 |
| 紀元前143年 | Ptolemais (Akko) | トリュフォンがヨナタンをプトレマイスに呼び寄せて誘い出し、捕らえる | 13.190 |
| 紀元前142年 | Gazara | シモンが近隣のガザラ・ヨッパ・ヤムニアを奪い、守備隊を追い出して城塞を取り壊す | BJ 1.50–53 |
| 紀元前142年 | Jerusalem | ヨナタンが捕らえられると、シモンが民に推戴されて大祭司・指導者となる | 13.197 |
| 紀元前142年 | Adora | トリュフォンが縛ったヨナタンを連れてユダヤに入ると、シモンがアディダで迎え撃つ | 13.203-207 |
| 紀元前142年 | Jerusalem | 170年、シモン元年に、ユダヤの民がマケドニアの支配と貢納から解放される | 13.213 |
| 紀元前134年 〜 紀元前133年 | Jerusalem | アンティオコスがエルサレムを包囲すると、ヒルカノスがダビデの墓を開いて金を取り出す | BJ 1.61 |
| 紀元前134年 | Jerusalem | アンティオコス7世がユダヤに攻め入り、ヒルカノスのいるエルサレムを包囲 | 13.243 |
| 紀元前134年 | Jerusalem | ヒルカノスがダビデの墓を開いて銀3000タラントを取り出す | 13.249 |
| 紀元前128年 | Rome | ヒルカノスがローマ元老院に使節を送り、友好条約を新たにする | 13.259 |
| 紀元前111年 | Samaria | ヒルカノスが長くサマリアを包囲して陥落させる | 13.275 |
| 紀元前108年 〜 紀元前107年 | Samaria/Sebaste | ヒルカノスの子アリストブロスとアンティゴノスがサマリア(後のセバステ)を城壁で囲み包囲 | BJ 1.64–66 |
| 紀元前104年 | Jerusalem | アリストブロスが初めて王冠(帯)を着け、母と兄弟を殺した後、一年で死ぬ | BJ 1.70–71 |
| 紀元前104年 | Jerusalem | アリストブロスが王冠を戴き、母と兄弟たちを投獄 | 13.301 |
| 紀元前103年 〜 紀元前102年 | Asochis | アレクサンドロス・ヤンナイオスがアソキスを占めたプトレマイオス・ラテュロスと戦う——多くの敵を殺すが勝利はプトレマイオスに傾く | BJ 1.86–87 |
| 紀元前103年 | Ptolemais (Akko) | アレクサンドロス・ヤンナイオスがプトレマイスを包囲中、プトレマイオス・ラテュロスを恐れて包囲を解く | 13.324 |
| 紀元前103年 | Jordan | プトレマイオスがヨルダン川畔のアサフォンでアレクサンドロス軍を大破 | 13.338 |
| 紀元前100年 | Gaza | アレクサンドロスがガザを徹底的に破壊 | 13.348 |
| 紀元前96年 | Gadara | アレクサンドロスが10か月の包囲の末、ガダラを占領 | 13.356 |
| 紀元前88年 | Jerusalem | 仮庵祭に民がアレクサンドロスにレモン(シトロン)を投げつけて反乱を起こす | 13.372 |
| 紀元前88年 | Jerusalem | デメトリオス・エウカイロスがシケムの傍らに陣を張ってアレクサンドロスを破るが、まもなく退く | 13.377 |
| 紀元前80年 | Jerusalem | アレクサンドロスが長患いの末、ラガバ要塞の周辺で死ぬ | 13.398 |
| 紀元前76年 | Jerusalem | アレクサンドラが夫ヤンナイオスの後を継いで9年間統治——実権はパリサイ派が握る | BJ 1.107–109 |
| 紀元前76年 | Jerusalem | アレクサンドラがパリサイ派に権力を譲り、9年間統治 | 13.405 |
| 紀元前69年 | Jericho | ヒルカノスが大祭司となった年(第177オリンピア紀3年、執政官ホルテンシウス・メテルス)、エリコでアリストブロスと戦って敗れる | 14.4 |
| 紀元前65年 〜 紀元前64年 | Petra (Arabia) | アンティパトロスとヒルカノスがアラビア王に助けを求めに行く——これがポンペイウス介入の背景となる | BJ 1.123–127 |
| 紀元前65年 | Petra | アンティパトロスの勧めでヒルカノスがアレタスのもとへ逃れ、ペトラ王が約束を得て軍を起こす | 14.16 |
| 紀元前65年 | Jerusalem | アレタスとヒルカノスが5万の軍でアリストブロスを攻め、エルサレム神殿に閉じ込めて包囲 | 14.19 |
| 紀元前64年 | Damascus | ポンペイウスがシリアを経てダマスカスに至ると、ヒルカノス・アンティパトロスとアリストブロスが駆けつけて訴える | BJ 1.131–132 |
| 紀元前64年 | Damascus | ポンペイウスが送ったスカウルスがダマスカス経由でユダヤに入り、アレタスに包囲を解くよう命じる | 14.29 |
| 紀元前63年 | Alexandreion | ポンペイウスがローマ軍とシリア援軍を率い、アレクサンドレイオンのアリストブロスに向けて進軍 | BJ 1.133–137 |
| 紀元前63年 | Jerusalem | エルサレム内でアリストブロス派とヒルカノス派が分裂する間に、ポンペイウスが神殿北側の堀と谷を埋めて神殿を攻める | BJ 1.145–147 |
| 紀元前63年 | Jerusalem | ポンペイウスとその部下が、誰も見たことのなかった聖所の中に入る——民族にとって最大の傷 | BJ 1.152–154 |
| 紀元前63年 | Damascus | ポンペイウスがダマスカスに来ると、アリストブロスとヒルカノスが王権をめぐって訪ね訴える | 14.34 |
| 紀元前63年 | Scythopolis | ポンペイウスがペラとスキュトポリスを経てアリストブロスを攻めに行く | 14.49 |
| 紀元前63年 | Jericho | ポンペイウスがエリコに陣を張り、エルサレムへ向かう | 14.54 |
| 紀元前63年 | Jerusalem | ポンペイウスが安息日にも土塁を築き続け、城壁を破ってエルサレムを占領し、ファウストゥスが最初に城壁に登る | 14.69 |
| 紀元前62年 | Petra | スカウルスがペトラ方面のアラビアを攻めて焼き払い、アレタスと和約 | 14.80 |
| 紀元前57年 〜 紀元前56年 | Alexandreion | ガビニウスがアレクサンドレイオンに集まった群衆に赦免を約束して投降を促し、包囲を強める | BJ 1.164–166 |
| 紀元前57年 | Alexandreion | ガビニウスがアレクサンドロスをアレクサンドレイオン要塞に追い込んで降伏させ、要塞を取り壊す | 14.86 |
| 紀元前56年 | Machaerus | ローマから逃れたアリストブロスが同志のユダヤ人を再び集め、マカイロスの要塞化を図る | BJ 1.171–174 |
| 紀元前55年 | Alexandreion | アリストブロスがローマから逃れてアレクサンドレイオンを再建中、ガビニウスに捕らえられローマへ送られる | 14.92 |
| 紀元前54年 | Jerusalem | クラッススがパルティア遠征の資金のため、エルサレム神殿に残っていた金をすべて持ち去る | BJ 1.179 |
| 紀元前54年 | Jerusalem | クラッススがパルティア遠征の途上で神殿の財物を持ち去る | 14.105 |
| 紀元前53年 | Carrhae | クラッススはパルティアで軍とともに死に、カッシウスがシリアを掌握してパルティアを防ぐ | 14.119 |
| 紀元前52年 | Tarichaeae (Magdala) | カッシウスがパルティアのシリア侵入を阻んだ後、急進してタリカイアを攻略 | BJ 1.180–182 |
| 紀元前49年 | Antioch | ポンペイウスの命でスキピオがアンティオキアでアリストブロスの子アレクサンドロスを斬首 | BJ 1.185–186 |
| 紀元前48年 | Pelusium | ペルシオン入口で阻まれたミトリダテスにアンティパトロスが加勢し、ペルシオンを陥落させる | BJ 1.187–189 |
| 紀元前47年 〜 紀元前46年 | Jerusalem | アンティパトロスがカエサルをシリアから見送ってユダヤに戻り、ポンペイウスが壊したエルサレムの城壁をまず再建 | BJ 1.201–203 |
| 紀元前47年 | Galilee | ヘロデがシリア一帯を荒らしていた盗賊の頭領ヘゼキアスを捕らえて処刑 | BJ 1.204–207 |
| 紀元前47年 | Pelusium | ポンペイウスの死後、アンティパトロスがエジプト戦争でカエサルを助け、ペルシオン経由で進軍 | 14.130 |
| 紀元前47年 | Jerusalem | カエサルがヒルカノスを大祭司に確定し、アンティパトロスをユダヤの総督とする | 14.143 |
| 紀元前47年 | Jerusalem | アンティパトロスが長男パサエロスにエルサレムを、15歳のヘロデにガリラヤを任せる | 14.158 |
| 紀元前46年 | Jerusalem | ヒルカノスがヘロデを裁判に召喚——ヘロデは父の忠告どおり出頭 | BJ 1.210–211 |
| 紀元前46年 | Jerusalem | ヘロデが盗賊を殺したことでサンヘドリンに召喚されるが、ヒルカノスの耳打ちでダマスカスに逃れる | 14.178 |
| 紀元前43年 | Tyre | ヘロデがラオディケイア事件の後に集まった有力者たちの中で、マリコスを罰す機会とする | BJ 1.231–232 |
| 紀元前43年 | Jerusalem | カッシウスがユダヤで税を取り立て、マリコスがアンティパトロスを毒殺 | 14.277 |
| 紀元前43年 | Tyre | ヘロデがカッシウスの許しを得てティルスでマリコスを罰する | 14.288 |
| 紀元前41年 | Antioch | ダフネ(アンティオキア近郊)でユダヤの代表百人がアントニウスに訴えるが、アントニウスはヘロデとパサエロスを支持して四分領主に任じる | BJ 1.243–244 |
| 紀元前41年 | Ephesus | アントニウスが小アジアでユダヤの使節に会い、ヘロデとパサエロスを四分領主に任じる | 14.304 |
| 紀元前40年 | Jerusalem | パルティア人がアンティゴノスをユダヤに連れ帰り、五旬節の群衆でエルサレムが満ちる中、神殿周辺が騒乱に包まれる | BJ 1.253–255 |
| 紀元前40年 | Galilee | パサエロスがガリラヤでパルティアの指揮官に会うが、ガリラヤ人がすでに武装蜂起しているのを知る | BJ 1.256–258 |
| 紀元前40年 〜 紀元前39年 | Jerusalem | ヘロデがパルティアの陰謀に気づき、夜、家族を連れてエルサレムを脱出 | BJ 1.263–264 |
| 紀元前40年 | Masada | ヘロデが家族をマサダに預けて逃れる | BJ 1.265–267 |
| 紀元前40年 〜 紀元前39年 | Pelusium | アラビアで拒まれたヘロデが、エジプト側のペルシオンに至る | BJ 1.277–279 |
| 紀元前40年 | Rhodes | ヘロデがパンフィリア沖で積み荷を捨てて危機を脱し、かろうじてロドスに着く | BJ 1.280–281 |
| 紀元前40年 | Rome | アントニウスがヘロデを憐れみ、カエサルとともに彼を王に立てる——ヘロデがローマで王の称号を得る | BJ 1.282–285 |
| 紀元前40年 | Jerusalem | パルティアのバルザファルネスがアンティゴノスを先に立ててエルサレムに入り、五旬節にヒルカノスとパサエロスを捕らえる | 14.330 |
| 紀元前40年 | Masada | ヘロデが家族をマサダに置いて逃れ、アラビア・エジプトへ向かう | 14.358 |
| 紀元前40年 | Rhodes | ヘロデが嵐の中ロドスへ行き、ローマへ出発 | 14.377 |
| 紀元前40年 | Rome | ヘロデがローマ元老院でユダヤ王に立てられる | 14.382 |
| 紀元前39年 | Ptolemais (Akko) | ヘロデがイタリアから船でプトレマイスに来て、外国人兵と自国民で軍を集め、ガリラヤへ進軍 | BJ 1.290–292 |
| 紀元前39年 | Joppa | ヘロデがヨッパを取り、マサダの親族を救おうと急ぐ | BJ 1.293–294 |
| 紀元前39年 | Jerusalem | ヘロデがエルサレム西方に陣を張るが、城壁上の守備兵が矢と投げ槍で抵抗 | BJ 1.295–296 |
| 紀元前39年 | Ptolemais (Akko) | ヘロデがイタリアからプトレマイスに戻り、ガリラヤを通ってアンティゴノスに立ち向かう | 14.394 |
| 紀元前38年 〜 紀元前37年 | Sepphoris | ヘロデが大雪の中でセッフォリスに着き、守備兵が先に逃げたため容易に占領 | BJ 1.304–306 |
| 紀元前38年 | Arbela (Galilee) | ヘロデが洞窟に潜む盗賊を屈服させ、一部の兵を残していく | BJ 1.314–316 |
| 紀元前38年 | Samosata | ヘロデがマカイラスを告発するため、サモサタを包囲中のアントニウスのもとへ行く | BJ 1.320–322 |
| 紀元前38年 | Samosata | ヘロデが軍を率いて、サモサタ包囲中のアントニウスを助けに行く | 14.439 |
| 紀元前37年 | Jericho | ヘロデが兄弟の仇を討とうと急いでエリコを通る際、思いがけない危機を免れる兆しに遭う | BJ 1.331–332 |
| 紀元前37年 | Samaria/Sebaste | アンティゴノスがパッポスに軍を率いさせてサマリアへ送るが、ヘロデ側に敗れてパッポスは死ぬ | BJ 1.333–334 |
| 紀元前37年 | Jerusalem | ソシウスが大軍を率いて合流し、ヘロデとともにエルサレムを包囲 | BJ 1.345–346 |
| 紀元前37年 | Jerusalem | ヘロデとソシウスが力でエルサレムを陥落させ、アンティゴノスは最期を迎える | BJ 1.347–348 |
| 紀元前37年 | Jerusalem | アグリッパとガルスが執政官の年に、ヘロデとソシウスがエルサレムを強攻で陥落させる | 14.477 |
| 紀元前37年 | Jerusalem | ヘロデがエルサレムを得た後、財貨をアントニウスに献じ、富者を殺す | 15.8 |
| 紀元前36年 | Jerusalem | ヘロデが王妃マリアンメの兄アリストブロスを大祭司に据え、まもなく死なせる | 15.41 |
| 紀元前34年 | Damascus | クレオパトラがアントニウスから得た土地を持ってダマスカス経由でユダヤに来て、ヘロデがアラビアとエリコの地を借り受ける | 15.96 |
| 紀元前32年 | Jerusalem | ヘロデがアラビア王の恩知らずを理由に戦争を準備し、兵士たちに演説 | 15.110 |
| 紀元前31年 | Judea | アクティウム戦争が始まるヘロデ即位7年目、クレオパトラの求めでアントニウスがヘロデをアラビアとの戦いに送る | BJ 1.364–365 |
| 紀元前31年 | Judea | 地震がユダヤを襲い大きな被害——ヘロデ7年 | BJ 1.369–372 |
| 紀元前31年 | Jerusalem | アクティウムの海戦の年(ヘロデ7年)、ユダヤを大地震が襲う | 15.121 |
| 紀元前31年 | Actium | アクティウムでオクタウィアヌスとアントニウスが戦う | 15.121 |
| 紀元前30年 | Rhodes | ヘロデがロドスでオクタウィアヌスに会い、王位を確認され厚遇を約束される | BJ 1.386–390 |
| 紀元前30年 | Jerusalem | ヘロデが老ヒルカノスを反逆の嫌疑で殺す | 15.165 |
| 紀元前30年 | Rhodes | ヘロデがロドスへ行ってオクタウィアヌスに会い、王冠を脱いで弁明し、王位を認められる | 15.187 |
| 紀元前29年 | Jerusalem | ヘロデが妻マリアンメを処刑し、その母アレクサンドラも殺す | 15.202 |
| 紀元前27年 〜 紀元前25年 | Samaria/Sebaste | ヘロデがサマリアの周囲に美しい城壁を築き、カエサルを称えるセバステとして再建 | BJ 1.403 |
| 紀元前27年 | Sebaste (Samaria) | ヘロデがサマリアをセバステとして再建し、要塞都市とする | 15.292 |
| 紀元前25年 | Jerusalem | ヘロデ13年に大飢饉と疫病が襲い、ヘロデが穀物を外国から買い入れて分け与える | 15.299-316 |
| 紀元前22年 〜 紀元前10年 | Caesarea Maritima | ヘロデが衰えた海岸都市ストラトンの塔を大規模に再建——カイサリアの港を建設 | BJ 1.408–410 |
| 紀元前22年 | Caesarea Maritima | ヘロデがストラトンの塔の跡地に大港湾都市カイサリアの建設を始める | 15.331 |
| 紀元前20年 〜 紀元前19年 | Paneas (Caesarea Philippi) | カエサルが与えた土地に、ヘロデがヨルダン川の源近くのパニオンに白大理石の神殿を建てる | BJ 1.404–406 |
| 紀元前20年 〜 紀元前15年 | Herodium | ヘロデがアラビア方面の山上に要塞を築き自分の名を付ける——ヘロディオン | BJ 1.419–421 |
| 紀元前20年 | Jerusalem | ヘロデ18年に神殿を取り壊し、より大きく建て直し始める | 15.386 |
| 紀元前17年 | Rome | ヘロデがイタリアへ行き、ローマで学んだ二人の息子を連れ帰る | 16.6 |
| 紀元前14年 | Ephesus | ヘロデがイオニアでアグリッパに会ってユダヤ人の権利を弁護し、アグリッパが律法を確認する | 16.15 |
| 紀元前12年 〜 紀元前11年 | Rome | ヘロデが息子アレクサンドロスをローマまで連れて行き、毒殺の陰謀でカエサルの前で告発 | BJ 1.452–454 |
| 紀元前12年 | Rome | ヘロデがローマで二人の息子をカエサルの前で告発したのち、和解させる | 16.90 |
| 紀元前12年 | Caesarea Maritima | カイサリアが完成し、5年ごとに競技会を開くこととして盛大に奉献される | 16.136 |
| 紀元前8年 | Jerusalem | トラコニティスの騒乱でヘロデがアラビアと戦い、シュラエオスがローマでヘロデを告訴 | 16.280 |
| 紀元前7年 | Berytus | カエサルの指示どおり、ヘロデがベリュトスで法廷を開いて息子たちを告発——息子たちは召喚されないまま有罪 | BJ 1.538–539 |
| 紀元前7年 | Samaria/Sebaste | ヘロデの二人の息子がセバステに送られて絞殺される | BJ 1.550–551 |
| 紀元前7年 | Berytus | ヘロデがベリュトスに裁判官を集めて二人の息子を告訴し、死刑判決を確認させる | 16.357 |
| 紀元前7年 | Sebaste (Samaria) | 二人の息子がセバステで絞殺され、アレクサンドレイオンに葬られる | 16.392-393 |
| 紀元前5年 〜 紀元前4年 | Rome | アンティパトロスがヘロデの遺言状を携えてローマに派遣される | BJ 1.567–570 |
| 紀元前5年 | Jerusalem | ヘロデがシリア総督ウァルスとともにエルサレムでアンティパトロスを裁き、投獄 | 17.89 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | シリア総督ウァルスがたまたまエルサレムにおり、ヘロデが彼の前でアンティパトロスを告発 | BJ 1.617–619 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | 黄金の鷲の像を神殿の門から引き降ろした騒動——重病のヘロデが激怒 | BJ 1.648–650 |
| 紀元前4年 | Callirhoe | ヘロデの病が全身に広がり、カリロエで温水による治療を試みる | BJ 1.656–658 |
| 紀元前4年 | Jericho | ヘロデがエリコに戻り、有力者たちを集めて残酷な命令を下す | BJ 1.659–660 |
| 紀元前4年 | Jericho | 息子アンティパトロスの死刑宣告の知らせから5日後にヘロデが死ぬ——アンティゴノス処刑から34年、ローマが王に立ててから37年 | BJ 1.665–669 |
| 紀元前4年 | Herodium | ヘロデの葬列がヘロディオンへ向かい、埋葬される | BJ 1.670–673 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | アルケラオスが父の葬儀の宴を開くと群衆が騒ぎを起こし、軍を放って約3千人を殺す | BJ 2.1–3 |
| 紀元前4年 〜 紀元前3年 | Rome | アルケラオスとアンティパスがローマへ行きカエサルの前で王位を争い、ニコラオスがアルケラオスを弁護 | BJ 2.37–38 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | 判決の前に、ローマの財務官サビヌスがエルサレムでユダヤの群衆と大乱戦を演じ、神殿の回廊が焼ける | BJ 2.39–44 |
| 紀元前4年 | Sepphoris | ヘロデ死後の混乱の中、ユダがセッフォリスで反乱を起こし武器を奪う | BJ 2.55–56 |
| 紀元前4年 | Jericho | ペレアで王の奴隷だったシモンが頭に王冠を戴き、盗賊団を率いる | BJ 2.57–59 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | ウァルスがサビヌスらの書簡を受けて軍を率いエルサレムに至り、約2千人を十字架刑に処す | BJ 2.66–71 |
| 紀元前4年 〜 紀元前3年 | Rome | カエサルが双方の言い分を聞き、ヘロデの王国を息子たちに分け与え、アルケラオスを民族領主に任じる | BJ 2.93–100 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | ヘロデの病中、律法教師たちが神殿門の金の鷲を引き落として砕き、ヘロデが彼らを罰する | 17.151 |
| 紀元前4年 | Jericho | ヘロデがエリコで死ぬ前に、ユダヤの貴族を競技場に閉じ込め、アンティパトロスの処刑を命じる | 17.173 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | ヘロデの遺言どおりアルケラオスが王となり、父の葬儀を盛大に執り行う | 17.200 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | 過越の祭に民が反乱を起こし、アルケラオスが軍を送る | 17.218 |
| 紀元前4年 | Rome | アルケラオスとアンティパスが王位をめぐりローマでアウグストゥスの前で争う | 17.227 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | 五旬節に、サビヌスの横暴に怒った群衆が神殿と宮殿を取り囲んで戦う | 17.254 |
| 紀元前4年 | Jerusalem | ウァルスが二個軍団を率いて来て反乱を鎮圧し、2000人を十字架刑に処す | 17.286 |
| 紀元前4年 | Rome | アウグストゥスがアルケラオスを王ではなく領土の半分の民族領主(エトナルケス)とする | 17.317 |
| 紀元前4年 | Rome | ヘロデの領土がアルケラオス・アンティパス・フィリッポスに分けられ、サロメにヤムニア・アゾトスなどが与えられる | 17.321 |
| 6年 | Judea | アルケラオスの領土がローマ属州となりコポニウスが総督として派遣される——ガリラヤのユダが税に反発 | BJ 2.117–118 |
| 6年 | Rome | アルケラオス10年に兄弟とユダヤ人指導者たちがカエサルに告訴し、ウィエンナに追放される | 17.344 |
| 6年 | Jerusalem | クィリニウスがシリアとユダヤの人口調査と課税を行い、コポニウスがユダヤ総督として来て、ガリラヤのユダが反発 | 18.1 |
| 10年 | Jerusalem | コポニウスの時、過越の祭の真夜中に神殿の門が開かれると、サマリア人が人骨を神殿にまき散らす | 18.30 |
| 20年 | Tiberias | ヘロデ・アンティパスがガリラヤ湖畔にティベリウスを称えてティベリアスを建設 | 18.36 |
| 26年 〜 27年 | Jerusalem | ピラトが皇帝像を刻んだ軍旗を夜にエルサレムへ持ち込み、大騒動となる | BJ 2.169–171 |
| 26年 | Caesarea Maritima | ピラトが翌日、市場の真ん中の裁判席に座り、群衆を呼び集めて兵士たちに合図を送る | BJ 2.172–174 |
| 26年 | Jerusalem | ピラトがカイサリアからエルサレムへ軍を移し、皇帝像をつけた軍旗を持ち込んで騒動となる | 18.55 |
| 30年 | Jerusalem | ピラトが水道工事に神殿の財物を使い、群衆が抗議した。このころイエスがピラトの判決で十字架刑を受けたという一節がある | 18.63 |
| 34年 | Paneas | ティベリウス20年に分封領主フィリッポスが37年の統治の末に死ぬ | 18.106 |
| 35年 | Mount Gerizim | サマリア人がゲリジム山の聖なる器を見に集まるとピラトが虐殺し、その後ウィテリウスがピラトをローマへ送る | 18.85 |
| 36年 | Jerusalem | ウィテリウスが過越の祭にエルサレムに上り、果実税を免じ、大祭司の祭服の管理を返す | 18.90-94 |
| 36年 | Euphrates bridge (Zeugma 추정) | ウィテリウスとパルティア王アルタバノスがユーフラテスの橋の上で会い、和平を結ぶ | 18.101 |
| 36年 | Petra | ヘロデ・アンティパスの軍がアレタスとの戦いで全滅し、これを洗礼者ヨハネを殺した罰と見る者もいる | 18.109 |
| 36年 | Capri | アグリッパがプテオリからティベリウスに手紙を送り、カプレアイ訪問の許しを得る | 18.161 |
| 36年 | Rome | アグリッパが馬車の中でティベリウスの早死にを願い、解放奴隷の告発で鎖につながれる | 18.168 |
| 37年 | Rome | ガイウスが皇帝になるとアグリッパを縛めから解き、フィリッポスの分領の王に立てる | BJ 2.181–183 |
| 37年 | Capri | ティベリウスがカプレアイで病み、ガイウスを後継者に指名して22年の統治の末に死ぬ | 18.205 |
| 37年 | Seleucia on the Tigris | ユダヤ人兄弟アシネオスとアニレオスがバビロニアでパルティアの総督を破り、アルタバノスが彼らを呼んで勢力を認める | 18.314 |
| 39年 | Tiberias | ヘロディアの野心のためにアンティパスがローマで告発され、追放される | 18.240 |
| 40年 〜 41年 | Ptolemais (Akko) | ガイウスの像を神殿に立てよとの命令に、ユダヤ人が妻子とともにプトレマイスの平野に集まりペトロニウスに請願 | BJ 2.192–194 |
| 40年 | Alexandria | アレクサンドリアでユダヤ人とギリシア人が衝突し、双方がガイウスに使節を送る | 18.257 |
| 40年 | Ptolemais (Akko) | ガイウスが自分の像を神殿に立てるためペトロニウスをシリアへ送り、軍がプトレマイスに集まる | 18.262 |
| 40年 | Tiberias | ペトロニウスがティベリアスでユダヤ人数万人を集めて皇帝の命を告げ、像の建立を延期 | 18.269 |
| 41年 | Rome | ガイウスが3年8か月統治して死ぬと、クラウディウスが兵営で推戴され、アグリッパが元老院との間を仲介 | BJ 2.206–208 |
| 41年 | Rome | アグリッパの宴席での懇願でガイウスが神殿への像の建立を取りやめ、ペトロニウスに手紙を書く | 18.289 |
| 41年 | Rome | 護衛隊長ケレアらがパラティウムの競技の最中にガイウスを暗殺 | 19.18 |
| 41年 | Rome | 軍がクラウディウスを陣営に連れて行き皇帝に推戴し、元老院はアグリッパの仲介で屈服 | 19.162 |
| 41年 | Alexandria | ガイウス死後、アレクサンドリアのユダヤ人が再び武装すると、クラウディウスが勅令で権利を確認 | 19.279 |
| 41年 | Jerusalem | クラウディウスがアグリッパに祖父の王国を返し、アグリッパがエルサレムで供犠を捧げる | 19.277 |
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원문·영역(William Whiston): Perseus Digital Library, Tufts University, CC BY-SA 4.0 (https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0/) — 대목 나누기·정리: 이 프로젝트
CC-BY-SA 4.0 (Perseus) / PD 번역(1929 이전) / Perseus 편집 CC-BY-SA 4.0
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