アウレリウス・ウィクトル『皇帝伝』

アウレリウス・ウィクトル『皇帝伝』(記録 の史料)。扱う年は紀元前30年 〜 西暦358年、出来事80件を年代順に整理。原文のライセンスと出典つき。

区分記録
視点内側の視点
扱う年紀元前30年 〜 西暦358年
出来事の数出来事80件・地図に置いた52件
著者Sextus Aurelius Victor
原題Liber de Caesaribus

地域の内訳: 南ヨーロッパ 59 · 西アジア 11 · 西ヨーロッパ 5 · エジプト・北アフリカ 4 · 東ヨーロッパ・ロシア 1

出来事の一覧

年場所出来事原文の位置
紀元前30年Romeローマでオクタウィアヌスは贈り物で兵士を得、穀物供給を口実に残る競争相手を抑え、一人に従う体制が始まる。Aur. Vict. Caes. 1.1
14年Nolaアウグストゥスは約44年統治した末、ノラで病没する。レティアとイリュリクムが帝国に加えられたが、ゲルマニアは平定されなかった。Aur. Vict. Caes. 1.2
43年Ostiaクラウディウスはブリタンニアの西端を攻め、自ら赴いたのはここだけで、オスティアから船出した。残りは将軍たちに任せた。Aur. Vict. Caes. 4.2
48年Romeクラウディウス6年にローマ建国800年が盛大に祝われ、エジプトにフェニックスが現れ、アイガイオス海に大きな島が隆起した。Aur. Vict. Caes. 4.14
68年불명ガルバが軍を率いて来ると、皆に見捨てられたネロは去勢した侍従だけを側に置いて自ら刺し死に、カエサル家は絶える。Aur. Vict. Caes. 5.16
69年Romeガルバは軍をなだめに出る途中、クルティウス湖の傍らでオトの教唆により殺される(在位7か月7日)。Aur. Vict. Caes. 6.3
69年Veronaオトはウェローナの戦いでウィテリウスに敗れ、在位85日で自害する。Aur. Vict. Caes. 7.2
69年Romeクレモナで敗れたウィテリウスは騙されたと思い、怒りに任せてカピトリウムを焼く。Aur. Vict. Caes. 8.5
75年 〜 80年Romeウェスパシアヌスはローマで、カピトリウム、平和の神殿、クラウディウスの記念建築、巨大な円形闘技場、フォルムを建て、あるいは完成させる。Aur. Vict. Caes. 9.7
83年 〜 89年다키아·게르마니아ドミティアヌスはダキア人とカッティ族の群れに勝ち、9月と10月の名をゲルマニクスと自分の名に改める。Aur. Vict. Caes. 11.4
96年Romeドミティアヌスは解放奴隷たちの陰謀に妻も加わって、45歳で死ぬ。Aur. Vict. Caes. 11.7
97年Romeネルウァは「ペルウィウム」と呼ばれるフォルム(ミネルウァ神殿が建つ所)を奉献し、16か月で自ら退く。Aur. Vict. Caes. 12.2
101年 〜 106年다키아トラヤヌスは初めてイストロス川を越えてデケバルスのダキアを属州とし、ローマの力を広げる。Aur. Vict. Caes. 13.3
114年 〜 117年인더스·유프라테스 사이トラヤヌスはインダス川とユーフラテス川の間のすべての民族を戦争で揺さぶり、ペルシア王コスロエスに人質を求める。Aur. Vict. Caes. 13.3
135年Romeハドリアヌスはローマにアテナエウムという教養学校を創設し、アテナイ流にエレウシスの秘儀を導入する。Aur. Vict. Caes. 14.3
138年Baiaeハドリアヌスはバイアエで衰弱して死に、元老院は当初神格化を拒む。Aur. Vict. Caes. 14.12
148年Romeアントニヌス・ピウスの治世に、ローマ建国900年が盛大に祝われた。Aur. Vict. Caes. 15.4
165年 〜 166年동방(페르시아)マルクスと共同統治したルキウスの指揮により、ペルシアは当初勝つが、ついに凱旋式に屈する。Aur. Vict. Caes. 16.4
180年Vindobonaマルクスが在位18年でウィンドボナに没すると、元老院と平民は神殿、記念柱、神官を決議する。Aur. Vict. Caes. 16.14
192年Romeコンモドゥスは毒殺の試みが失敗すると、体育場でマッサージ師に絞め殺され、元老院はその名を抹消させる。Aur. Vict. Caes. 17.9
193年밀비우스 다리シリアにいたセウェルスは皇帝に推戴され、ローマ近くのミルウィウス橋でユリアヌスを討つ。Aur. Vict. Caes. 19.4
194年Cyzicusセウェルスは、エジプトで反乱したペスケンニウス・ニゲルをキュジコスで破って死なせる。Aur. Vict. Caes. 20.8
197年Lugdunumガリアで帝位を狙ったクロディウス・アルビヌスは、ルグドゥヌムで敗れて死ぬ。Aur. Vict. Caes. 20.9
208年 〜 211年브리타니아セウェルスはブリタンニアで敵を退け、島を横切って海から海まで防壁を築く。Aur. Vict. Caes. 20.18
211年Eboracumセウェルスはブリタンニアのエボラクムで病没する(在位18年)。Aur. Vict. Caes. 20.27
217年Edessaカラカラはシリアを巡るうち、統治6年でエデッサの傍らで死ぬ。Aur. Vict. Caes. 21.5
222年Romeエラガバルスは軍営(近衛兵の兵舎)で、在位30か月で殺される。Aur. Vict. Caes. 23.3
232年페르시아若いアレクサンデルは大がかりな準備を整えてペルシア王クセルクセスを討ち、ガリアへ急ぐ。Aur. Vict. Caes. 24.2
235年시킬리아(브리타니아의 마을이라 함)アレクサンデルは、厳しい軍紀に反発した兵士たちに、「ブリタンニアのシキリアという村」で少数の供とともにいるところを殺される。Aur. Vict. Caes. 24.4
238年Thysdrusアフリカ総督ゴルディアヌスは、ティスドルス(ティドルス)で軍によって不在のまま皇帝に推戴される。Aur. Vict. Caes. 26.1
238年Aquileiaプピエヌスはアクイレイアの包囲によってマクシミヌス一家の軍を崩壊させる。Aur. Vict. Caes. 27.4
242年페르시아ゴルディアヌスはマルクスが閉じていたヤヌス神殿を開き、ペルシアへ出発する。Aur. Vict. Caes. 27.7
248年Romeフィリップス父子は、ローマ建国1000年をあらゆる種類の競技で祝う。Aur. Vict. Caes. 28.1
249年Veronaフィリップスはデキウスを討ちに出たが軍を失い、ウェローナで死ぬ。Aur. Vict. Caes. 28.10
253年Interamnaガッルスとウォルシアヌスは、アエミリウスを討ちに行く途中、インテラムナで自軍に殺される。Aur. Vict. Caes. 31.2
260年메소포타미아ウァレリアヌスはメソポタミアの長引く戦争のさなか、ペルシア王シャープールの策にはまって惨めに死ぬ。Aur. Vict. Caes. 32.5
260年Mursaガッリエヌスは、パンノニアを押さえていたインゲブス(インゲヌウス)をムルシアで破り、続いてレガリアヌスを討つ。Aur. Vict. Caes. 33.2
260年 〜 265年Tarracoフランク人はガリアを略奪してヒスパニアに入り、タラコの町をほとんど破壊し、一部は船でアフリカにまで達する。Aur. Vict. Caes. 33.3
268年Milanガッリエヌスは、アウレオルスが立てこもるミラノをあらゆる機械で攻めるうちに、部下に殺される。Aur. Vict. Caes. 33.19
269年Mogontiacumラエリアヌスの反乱の際、ポストゥムスはモゴンティアクム市民の略奪を許せという兵士の要求を拒んで殺される。Aur. Vict. Caes. 33.8
269年일리리쿰·트라키아クラウディウスが長居して強くなったゴート人を追い払おうとすると、シビュラの書は、勝利のために元老院の筆頭が捧げられねばならないと告げる。Aur. Vict. Caes. 34.3
271年Cologneウィクトリヌスは暴動のなかでアグリッピナで殺される。Aur. Vict. Caes. 33.12
271年Romeローマで造幣職人たちがフェリキッシムスの下で偽造を行った後、恐れて反乱し、カエリウスの丘での戦いで兵士7千人近くが失われた。Aur. Vict. Caes. 35.6
274年Romeアウレリアヌスはローマに太陽神殿を建てて奉納品で飾り、都市を広い周囲の堅固な城壁で囲む。Aur. Vict. Caes. 35.7
275年Caenophrurium秘書の策略で命の危険を感じた護民官たちが、カイノフルリウムでアウレリアヌスを殺す。Aur. Vict. Caes. 35.8
276年Tyanaタキトゥスは在位200日目にタナイスで死ぬ。Aur. Vict. Caes. 36.2
276年Tarsusフロリアヌスはタルソスで自軍の兵士に殺される。Aur. Vict. Caes. 37.1
282年Sirmiumプロブスは、シルミウムの沼の排水を強いられたことに反発した兵士たちに殺される。Aur. Vict. Caes. 37.4
283年Ctesiphonカルスはペルシアを攻めて勝つが、クテシフォンを越えて進みすぎ、雷に打たれて焼け死ぬ。Aur. Vict. Caes. 38.3
284年페르시아에서 돌아오는 군영ヌメリアヌスの遺体の悪臭で陰謀が露見すると、将軍たちと護民官たちは近衛の指揮官ディオクレティアヌスを皇帝に選ぶ。Aur. Vict. Caes. 39.1
285年Margumカリヌスはモエシアのマルクス川のほとりでディオクレティアヌスと戦ううちに、自軍の兵士に殺される。Aur. Vict. Caes. 39.11
285年 〜 286年갈리아ガリアで農民や盗賊(バガウダエ)が田野を略奪して都市を狙うと、ディオクレティアヌスはマクシミアヌスを送り、ヘルクリウスはまもなく平定する。Aur. Vict. Caes. 39.17
286年브리타니아カラウシウスはマクシミアヌスに処刑されるのを恐れ、紫衣をまとってブリタンニアを占拠する。Aur. Vict. Caes. 39.21
293年제국 전체コンスタンティウスとガレリウス(アルメンタリウス)はカエサルとなり、ヘルクリウスの義理の娘とディオクレティアヌスの娘と結婚し、前の妻と離婚する。Aur. Vict. Caes. 39.24
296年Alexandriaエジプトのアレクサンドリアで、アキッレウスが皇帝の標を帯びて蜂起する。Aur. Vict. Caes. 39.23
296年브리타니아コンスタンティウスは近衛長官アスクレピオドトゥスを艦隊と軍団の一部とともに先に送り、アッレクトゥスを破る。Aur. Vict. Caes. 39.42
305年불명ディオクレティアヌスは在位20年目に国政を退き、苦労して説得したヘルクリウスも後に続く。Aur. Vict. Caes. 39.48
305年브리타니아コンスタンティヌスはガレリウスの人質の身から逃れ、公用馬を殺して追跡を防ぎ、ブリタンニアに着く。Aur. Vict. Caes. 40.2
306年브리타니아ちょうどそこで父コンスタンティウスが死に、居合わせた全員の支持でコンスタンティヌスが帝位に就く。Aur. Vict. Caes. 40.4
306年Romeローマで平民と近衛兵は、父ヘルクリウスの長い反対にもかかわらずマクセンティウスを皇帝と認める。Aur. Vict. Caes. 40.5
307年Ravennaローマの城壁を巡っていたセウェルスは、マクセンティウスに寝返った部下に見捨てられて逃げ、ラウェンナで包囲されて死ぬ。Aur. Vict. Caes. 40.7
308年불명ガレリウスは旧友リキニウスをアウグストゥスに立ててイリュリクムとトラキアの防衛を任せ、ローマへ向かう。Aur. Vict. Caes. 40.8
310年Carthageマクセンティウスはアレクサンデルを破った後、カルタゴとアフリカの美しい土地を略奪・放火させる。Aur. Vict. Caes. 40.19
311年Pelsoガレリウスはパンノニアの森を伐り、ペルソ湖の水をドナウへ流して田畑を作り、妻の名にちなんでウァレリア属州と呼んだが、まもなく病死する。Aur. Vict. Caes. 40.9
312年Veronaイタリアに戦火が広がり、ウェローナで部下が敗れても、マクセンティウスは常のとおり過ごす。Aur. Vict. Caes. 40.20
312年SaxaRubraマクセンティウスはローマから9マイルのサクサ・ルブラまでかろうじて出て敗れ、ローマへ逃げ、ティベリス川の橋で自分が仕掛けた罠にかかって死ぬ。Aur. Vict. Caes. 40.23
313年Cirtaアレクサンデルの包囲で破壊されたキルタは復旧・装飾され、コンスタンティナと名づけられる。Aur. Vict. Caes. 40.28
313年Tarsus東方のマクシミヌスは二年間アウグストゥスの座にあったが、リキニウスに敗れてタルソスで死ぬ。Aur. Vict. Caes. 41.1
324年Chalcedonトラキアで敗れたリキニウスはカルケドンに退いてマルティニアヌスを共同皇帝としたが、ともに制圧される。Aur. Vict. Caes. 41.8
334年Cyprus駱駝飼いの頭領カロケルスが愚かにもキュプロス島を奪って王になろうとするが、奴隷や盗賊のように拷問されて死ぬ。Aur. Vict. Caes. 41.11
337年Nicomediaコンスタンティヌスはペルシアへ向かう途中、ニコメディア近くの田舎(アキュロナ)で62歳で死ぬ。彗星が見えた。Aur. Vict. Caes. 41.16
337年Constantinopleコンスタンティヌスの遺体は自分の名を冠した都市に移され、ローマの民衆は深く悲しむ。Aur. Vict. Caes. 41.17
348年Rome著者の時代の1100年目には、何の行事もなく過ぎた(フィリップスが執政官の年)。Aur. Vict. Caes. 28.2
350年불명コンスタンスはマグネンティウスの陰謀で死ぬ(勝利から10年目)。Aur. Vict. Caes. 41.23
350年상모이시아無学のウェトラニオはイリュリクムの歩兵指揮官であったが、上モエシアの粗末な地で帝位を奪う。Aur. Vict. Caes. 41.26
350年Romeローマで、フラウィウス家と縁のあるネポティアヌスが都市長官を殺し、剣闘士の一団を率いて皇帝を自称し、街路や神殿を死体で満たす。Aur. Vict. Caes. 42.6
353年갈리아コンスタンティウスは3年の激戦の末、逃げるマグネンティウスをガリアまで追い、二人とも死を選ぶ。Aur. Vict. Caes. 42.10
355年갈리아ガリア出身のシルウァヌスは帝位に上るが、信頼した軍団の騒乱により28日で殺される。Aur. Vict. Caes. 42.16
355年갈리아コンスタンティウスが親族ユリアヌスをカエサルとしてアルプスの向こうを任せると、彼は短期間で蛮族を抑え、名高い王たちを捕らえる。Aur. Vict. Caes. 42.17
358年사르마티아コンスタンティウスはサルマタイ人に王を立ててやる。Aur. Vict. Caes. 42.21

原文のライセンスと出典

Aurelius Victor, De Caesaribus, Latin text thelatinlibrary.com

thelatinlibrary 전재 (사이트 표기 없음; 고대 원저)

https://www.thelatinlibrary.com/victor.caes.html

同じ時代の別の史料

地図で見る — アウレリウス・ウィクトル『皇帝伝』を開く