マハーヴァンサ(大史)(正史 の史料)。扱う年は紀元前592年 〜 西暦290年、出来事128件を年代順に整理。原文のライセンスと出典つき。
| 区分 | 正史 |
|---|---|
| 視点 | 内側の視点 |
| 扱う年 | 紀元前592年 〜 西暦290年 |
| 出来事の数 | 出来事128件・地図に置いた100件 |
| 著者 | Mahānāma (Geiger 영역 1912) |
| 原題 | Mahāvaṃsa |
地域の内訳: 南アジア 89 · 中央アジア 2
| 年 | 場所 | 出来事 | 原文の位置 |
|---|---|---|---|
| 紀元前592年 〜 紀元前591年 | Mahiyangana | 仏陀はマハーヤンガナの園の上空で暴風と暗闇によって夜叉たちを脅し、その後法を説いて追い払い、サマナクータの神マハースマナに毛髪を授けた。 虚構 | 1.19-24 |
| 紀元前587年 | Nagadipa | 仏陀は宝石の玉座をめぐって争うナーガの叔父マホーダラと甥のチュローダラの間に空中から割って入り、闇と光を用いて和解させた。 虚構 | 1.45-70 |
| 紀元前584年 | Kalyani | ナーガ王マニアッキカの請いにより、仏陀は五百人の比丘とともにカリヤーニーに来て、宝石の天蓋の下に座し、供養を受けて説法した。 虚構 | 1.71-77 |
| 紀元前584年 | Dighavapi | 仏陀はサマナクータに足跡を残し、ディーガヴァーピ、マハーメーガヴァナ(菩提樹・大塔・トゥーパーラーマの地)、シラーチェーティヤの地で順に瞑想した。 虚構 | 1.78-83 |
| 紀元前543年 | Kusinara | 仏陀はクシナラーで二本のサーラ樹の間にて、ヴェーサカ月の満月の日に、八十四歳で般涅槃した。 伝承 | 3.1-5 |
| 紀元前543年 〜 紀元前542年 | Rajagaha | マハーカッサパら五百人の阿羅漢が、アジャータサットゥ王の造営したヴェーバーラ岩窟で第一結集を開き、ウパーリが律を、アーナンダが法を誦出した。 伝承 | 3.11-37 |
| 紀元前543年 | Sopara | ヴィジャヤの一行はソーパーラ港に上陸したが、部下たちの暴力のため危険となり、再び船に乗った。 伝承 | 6.46 |
| 紀元前543年 | Mahatittha | 仏陀の涅槃の日、ヴィジャヤはランカの地タンバパンニに上陸した(ヴィジャヤの到着)。 伝承 | 6.47 |
| 紀元前543年 | Anuradhapura | 夜叉女クヴァンナの助けで部下を取り戻した後、ヴィジャヤはシリーサヴァットゥの夜叉をことごとく殺した。 虚構 | 7.9-38 |
| 紀元前543年 | Anuradhapura | ヴィジャヤはタンバパンニに都市を建て、大臣たちはアヌラーダガーマ、ウパティッサガーマ、ウジェニ、ウルヴェーラ、ヴィジタプラの村を建てた。 伝承 | 7.39-45 |
| 紀元前543年 〜 紀元前505年 | Madhura | 大臣たちは南インドのマドゥラーのパーンドゥ王に求婚の使者を送った。王は娘と約百人の乙女、千の職人の家族を送り、一行はマハーティッタに上陸した。 伝承 | 7.50-58 |
| 紀元前543年 〜 紀元前505年 | Mahatittha | 大臣たちはヴィジャヤを王として灌頂し、パーンドゥの王女を王妃とした。 伝承 | 7.69-72 |
| 紀元前505年 | Anuradhapura | ヴィジャヤが死ぬと、大臣たちはウパティッサガーマで摂政として一年間、王子を待った(一年の無王期間)。 判定保留 | 8.1-5 |
| 紀元前504年 | Anuradhapura | シーハプラのパンドゥヴァスデーヴァは托鉢僧に変装してマハーカンダラの河口に上陸し、大臣たちは彼をランカの王とした。 伝承 | 8.10-17 |
| 紀元前504年 | Anuradhapura | 釈迦族の王女バッダカッチャーナはガンジス川から船を出して二日でゴナガーマカの港に着き、王妃として灌頂された。 判定保留 | 8.23-28 |
| 紀元前504年 〜 紀元前474年 | Anuradhapura | 王妃の兄たちがランカに来て島の各地に住みつき、村の名を残した(ラーマゴーナ・ウルヴェーラ・アヌラーダ・ローハナ)。 判定保留 | 9.6-11 |
| 紀元前474年 | Anuradhapura | パンドゥカーバヤが生まれると、パンドゥヴァスデーヴァが死去し(三十年在位)、アバヤが灌頂された。 伝承 | 9.27-29 |
| 紀元前458年 | Anuradhapura | 十六歳のパンドゥカーバヤは南方のパンドゥラガーマカのバラモン、パンドゥラを訪ね、技術を学び、軍資金と五百の兵を得た。 判定保留 | 10.17-27 |
| 紀元前457年 〜 紀元前437年 | Anuradhapura | ギリカンダ山地でパンドゥカーバヤは叔父の娘パーリ(スヴァンナパーリ)に会い、彼女を連れて行った。 判定保留 | 10.28-40 |
| 紀元前457年 〜 紀元前437年 | Anuradhapura | パーリの父と五人の兄弟が送った軍は破られ、カラハナガラとローヒタヴァハカンダの戦場が生じた。 判定保留 | 10.41-43 |
| 紀元前457年 〜 紀元前437年 | Anuradhapura | パンドゥカーバヤはガンジス(マハーヴェーリ)を渡ってドーラ山に四年留まり、その後叔父たちを追撃して此岸で破り、二年間陣地を確保した。 伝承 | 10.44-48 |
| 紀元前454年 | Anuradhapura | アバヤは二十年在位した後、ウパティッサガーマで叔父たちに押されて王権を譲り、ティッサが摂政となった。 判定保留 | 10.49-52 |
| 紀元前443年 | Vesali | ヴェーサーリーのヴァッジ族の比丘たちが十事を許されると説いたため、ヤサはこれを正すために出発した。 伝承 | 4.8-11 |
| 紀元前443年 〜 紀元前442年 | Vesali | ヴェーサーリーのヴァーリカーラーマ(精舎)で、レーヴァタ長老が七百人の阿羅漢とともに第二結集を開き、八か月かけて十事を非法と判定した。 伝承 | 4.50-64 |
| 紀元前437年 | Anuradhapura | 夜叉女の計略によって、パンドゥカーバヤは八人の叔父とその軍を攻め、頭蓋骨の山を積み上げた。 伝承 | 10.66-72 |
| 紀元前437年 | Anuradhapura | 大叔母の夫アヌラーダの宮殿で、パンドゥカーバヤは占星術師の言葉どおりアヌラーダプラの都を建てた。 伝承 | 10.73-76 |
| 紀元前437年 | Anuradhapura | パンドゥカーバヤは叔父たちの天蓋を池の水で洗い、自ら灌頂して、スヴァンナパーリを王妃とした。 伝承 | 10.77-78 |
| 紀元前427年 | Anuradhapura | 灌頂から十年目に、パンドゥカーバヤは島全体の村の境界を定めた。 判定保留 | 10.103 |
| 紀元前325年 | Pataliputta | 涅槃から二百十八年後、アショーカ王はパータリプトラ(プップハプラ)で、インド全土の王として灌頂された。 | 5.21 |
| 紀元前325年 〜 紀元前322年 | Pataliputta | 沙弥ニグローダの説法を聞いてアショーカ王は仏法に帰依し、六万人の比丘に供養を捧げた。 伝承 | 5.37-72 |
| 紀元前325年 〜 紀元前322年 | Pataliputta | アショーカ王は八万四千の都市に八万四千の寺院を建立するよう命じ、自らアショーカーラーマを造り始めた。 伝承 | 5.79-82 |
| 紀元前320年 | Pataliputta | アショーカ王の息子マヒンダ(二十歳)と娘サンガミッター(十八歳)が同日に出家した。 伝承 | 5.198-209 |
| 紀元前310年 〜 紀元前309年 | Pataliputta | アショーカ王はガンジス川に船を送って長老モッガリプッタ・ティッサを迎え、自ら水に入って右手を差し出した。 伝承 | 5.246-256 |
| 紀元前309年 | Pataliputta | アショーカーラーマで、モッガリプッタ・ティッサ長老と千人の比丘が九か月かけて第三結集を開き、六万人の外道を追放した。 伝承 | 5.275-281 |
| 紀元前309年 〜 紀元前308年 | Kasmira | マッジャンティカ長老はカシミールとガンダーラでナーガ王を降伏させ、八万人を帰依させ、十万人が出家した。 虚構 | 12.25-28 |
| 紀元前309年 〜 紀元前308年 | Kasmira | マハーデーヴァ長老はマヒサマンダラ国でデーヴァドゥータ経を説き、四万人が帰依した。 伝承 | 12.29-30 |
| 紀元前309年 〜 紀元前308年 | Kasmira | ラッキタ長老はバナヴァーサで空中に浮かび、アナマタッグ経を説いて六万人が帰依し、五百の寺院を建てた。 虚構 | 12.31-33 |
| 紀元前309年 〜 紀元前308年 | Kasmira | ヨーナ人のダンマラッキタはアパランタカで「火の喩え」の経を説き、三万七千人が法の甘露を飲んだ。 伝承 | 12.34-36 |
| 紀元前309年 〜 紀元前308年 | Kasmira | マハーダンマラッキタはマハーラッタでマハーナーラダカッサパ本生を説き、八万四千人が道に入った。 伝承 | 12.37-38 |
| 紀元前309年 〜 紀元前308年 | Alasanda | マハーラッキタはヨーナ人(ギリシャ人)の地でカーラカーラーマ経を説き、十七万人が道に入った。 伝承 | 12.39-40 |
| 紀元前307年 〜 紀元前305年 | Mihintale | マヒンダ長老はヴェーディサに一か月滞在した後、布薩の日に五人の同行者と空を飛び、ランカのミッサカ山のアンバッタラに降り立った。 伝承 | 13.1-20 |
| 紀元前307年 〜 紀元前305年 | Mihintale | 狩りに出たデーヴァーナンピヤ・ティッサ王はミッサカ山で鹿を追い、マヒンダに出会い、問答で試されて法に帰依した。 伝承 | 14.1-14 |
| 紀元前307年 〜 紀元前305年 | Anuradhapura | マヒンダの一行は空を飛んで都アヌラーダプラに至り、都の東にある最初の塔の地に降り立った。王は王宮で供養し、アヌラー王妃が説法を聞いた。 伝承 | 14.43-57 |
| 紀元前307年 〜 紀元前305年 | Anuradhapura | デーヴァーナンピヤ・ティッサ王はマハーメーガヴァナの森を僧団に布施した。水が注がれた瞬間、大地が震えた。 伝承 | 15.24-26 |
| 紀元前307年 〜 紀元前305年 | Anuradhapura | デーヴァーナンピヤ・ティッサ王はカンバ川の渡し場で鋤によって円い溝を掘り、一日でマハーヴィハーラの境界を定めた。 伝承 | 15.190-194 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Tamalitti | デーヴァーナンピヤ・ティッサ王は甥のマハーリッタら四人の使節に宝石を託してアショーカ王のもとへ送り、使節たちはタマリッティから船でジャンブコーラに着いた。 伝承 | 11.18-39 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Anuradhapura | アショーカ王の使節は、ヴェーサカ月の満月の日にデーヴァーナンピヤ・ティッサを再びランカの王として灌頂した。 伝承 | 11.40-42 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Pataliputta | マヒンダは沙弥スマナをパータリプトラのアショーカ王と天界の帝釈天のもとへ遣わし、托鉢鉢の舎利と鎖骨の舎利を受け取らせた。 伝承 | 17.8-21 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Anuradhapura | 鎖骨の舎利は空中に浮かんで双神変を示し、それからティッサ王の頭に降り、トゥーパーラーマのチェーティヤに安置された。 虚構 | 17.45-55 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Pataliputta | アショーカ王が赤い砒素で線を引いて誓うと、大菩提樹の南の枝が自ら裂け、金の壺に収まった。 虚構 | 18.35-60 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Tamalitti | アショーカ王はタマリッティの海岸で大菩提樹を船に載せ、サンガミッターとともに海へ送り出した。 伝承 | 19.9-17 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Jambukola | 菩提樹を乗せた船はその日のうちにジャンブコーラに着き、ティッサ王は首まで水に入って菩提樹を頭に載せ、ランカの王権を捧げた。 伝承 | 19.23-31 |
| 紀元前306年 〜 紀元前305年 | Anuradhapura | ティッサ王は菩提樹をアヌラーダプラのマハーメーガヴァナの森に植えると、八本の芽が生えた。それらはジャンブコーラやティヴァッカの村など八か所に移し植えられた。 伝承 | 19.41-62 |
| 紀元前260年 | Mihintale | マヒンダ長老は、ウッティヤ王八年のアーサーラ月八日に、ミヒンタレーのケーティヤ山で般涅槃した。 伝承 | 20.32 |
| 紀元前260年 | Anuradhapura | ウッティヤ王は遺骸をマハーヴィハーラを経て運び、火葬場で荼毘に付し、イシブミアンガナのチェーティヤを建てた。 伝承 | 20.43-46 |
| 紀元前259年 | Anuradhapura | 尼長老サンガミッターはウッティヤ王九年、ハッタラッカ寺で般涅槃した(五十九歳)。王はトゥーパーラーマの東で荼毘に付した。 伝承 | 20.48-53 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Anuradhapura | チョーラ国から来たタミルの貴族エーララは、アセーラに勝ち、アヌラーダプラを四十四年にわたって公正に統治した。 伝承 | 21.11-13 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mihintale | エーララがケーティヤ山へ行く途中、戦車の軛の先で塔を傷つけたため、自らの首を斬るよう命じ、十五個の石を一万五千カハーパナで修復させた。 判定保留 | 21.21-26 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mahagama | 王妃の欲望を満たすため、ヴェールマナはアヌラーダプラのカダンバ川でエーララの馬を盗み、追手を殺してマハーガーマに戻った。 判定保留 | 22.49-57 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mahagama | 幼いガーマニは、川の向こうはタミルの地、こちらは海なので手足を伸ばして眠れないと言った。 判定保留 | 22.85-86 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mahagama | エーララの将軍ミッタの甥ナンディミッタは、タミルの神殿を壊す代わりにローハナの王子たちの側につき、ガーマニのもとへ行った。 伝承 | 23.9-15 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mahagama | カカヴァンナティッサ王はマハーヴェーリのすべての渡し場に、タミルを防ぐ守備隊を置き、ディーガバヤをカッチャカの渡し場の長に任じた。 伝承 | 23.16-18 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Anuradhapura | 護衛の木材商スラニミラは一日に九ヨージャナを歩き、アヌラーダプラのティッサ池・菩提樹・トゥーパーラーマを見て、バラモンのクンダリの書状を受け取って戻った。 虚構 | 23.20-44 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mahagama | 十人の勇士がそれぞれ十人ずつを呼び集め、勇士一万千百十人がガーマニの周りに集まった。 判定保留 | 23.96-101 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Tissamaharama | カカヴァンナティッサ王がティッサマハーラーマで死ぬと、弟のティッサがディーガヴァーピから来て、母と象カンドゥラを連れ帰った。ガーマニはマハーガーマで王として即位した。 伝承 | 24.12-17 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Anuradhapura | ガーマニと弟ティッサはクランガニヤ・ピッティで大きな戦いを交え、ガーマニ軍は数千人が戦死した。 伝承 | 24.19 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Mahagama | マハーガーマで兄弟は再び戦い、ガーマニは馬に乗って象カンドゥラを飛び越え、ティッサは逃げた。 伝承 | 24.31-38 |
| 紀元前205年 〜 紀元前161年 | Dighavapi | 兄弟は比丘たちの前で和解し、ともに食事をした。その後ティッサは収穫を監督した。 伝承 | 24.57-58 |
| 紀元前163年 〜 紀元前162年 | Tissamaharama | ガーマニは五百人の比丘を連れてティッサマハーラーマを発ち、マラヤへ通じる道をたどって川を渡り、征伐を始めた。 伝承 | 25.1-6 |
| 紀元前163年 〜 紀元前162年 | Mahiyangana | マヒヤンガナでタミルのチャッタを制圧した。 伝承 | 25.7 |
| 紀元前163年 〜 紀元前162年 | Mahiyangana | アンバッタカーラでタミルのティッタンバと四か月戦い、計略によって勝った。 伝承 | 25.7-8 |
| 紀元前163年 〜 紀元前162年 | Mahiyangana | 川に沿って下り、一日でタミルの七人の領主を破り、平和をもたらし、ケマラマと呼ばれた。 伝承 | 25.9-10 |
| 紀元前163年 〜 紀元前162年 | Mahiyangana | アンタラソーバ、ドーン、ハラコーラなど多くの村で、タミルの将軍たちを次々に制圧し、村ごとに将軍の名がつけられた。 伝承 | 25.11-14 |
| 紀元前162年 〜 紀元前161年 | Vijitanagara | カンドゥラと勇士たちはヴィジタナガラを四か月包囲し、鉄の門と城壁を破って占領した。 伝承 | 25.19-46 |
| 紀元前162年 〜 紀元前161年 | Vijitanagara | ギリラカでタミルのギリヤを殺し、マヘーラナガラに四か月とどまり、計略によって指揮官を破った。 伝承 | 25.47-49 |
| 紀元前161年 | Anuradhapura | ガーマニはアヌラーダプラ近くのカーサ山の南に陣を張り、池を掘り、聖なる塔に水を供えた。 伝承 | 25.50-51 |
| 紀元前161年 | Anuradhapura | スラニミラがディーガジャントゥを殺し、ガーマニはカンドゥラに乗って都の南門でエーララと対決し、彼を殺してランカを統一した。 伝承 | 25.52-70 |
| 紀元前161年 | Anuradhapura | ガーマニはエーララが倒れた場所で葬儀を執り行い、記念碑を建てて礼拝させた。 伝承 | 25.72-73 |
| 紀元前161年 | Mahatittha | エーララの甥バッルカは六万の兵とともにマハーティッタに上陸したが、マハーヴィハーラ近くでプッサデーヴァの矢に当たって死んだ。 判定保留 | 25.76-93 |
| 紀元前161年 〜 紀元前158年 | Anuradhapura | ティッサ池のほとりでガーマニは、槍が動かないという奇跡を見て、その地にマリッチャヴァッティのチェーティヤと寺院を建てた。 虚構 | 26.6-14 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | ガーマニは忉利天の宮殿の絵のとおりに九層のローハパサーダを建て、工人には賃金を払った。 伝承 | 27.20-42 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Gambhira river | 帝釈天の命により、ヴィッサカンマが都の外一ヨージャナ、ガンビーラ川の岸で煉瓦を作り、猟師がそれを見つけた。 虚構 | 28.7-10 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | 都の北東三ヨージャナのアチャラーヴァッティ村の野原で金塊が見つかり、村人が王に報告した。 虚構 | 28.13-15 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | 川の向こうのタンバピッタで銅が現れた。 虚構 | 28.16-17 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Sumanavapi | 都の南東四ヨージャナのスマナヴァーピ村で宝石が現れた。 虚構 | 28.18-19 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Ambatthakola | 都の南八ヨージャナのアンバッタコーラの洞窟で銀が現れ、商人がパンの実を供えると、長老の案内で発見された。 虚構 | 28.20-35 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Uruvela | 都城の西五ヨージャナ、ウルヴェーラの船着き場で真珠と珊瑚が六車分出土した。 虚構 | 28.36-38 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Pelivapi | 都城の北七ヨージャナ、ペリヴァピ湖畔の洞窟に臼ほどの宝石が四つ現れ、猟師が報告した。 虚構 | 28.39-41 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | ウェーサカ月の満月に王ガマニが大塔の工事を始め、七キュービット掘り下げて象に石を突き固めさせた。 伝承 | 29.1-14 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Rajagaha | ラージャガハ地方から長老インダグッタが比丘八万人を率いて来て、大塔の起工式に参列した。 伝承 | 29.30 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Isipatana | イシパタナから長老ダンマセーナが比丘一万二千人を率いて起工式に来た。 伝承 | 29.31 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Savatthi | サーヴァッティーのジェータヴァナ寺から長老ピヤダッシが比丘六万人を率いて起工式に来た。 伝承 | 29.32 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Vesali | ヴェーサーリーのマハーヴァナ寺から長老ウルダッダラッキタが比丘一万八千人を連れて来た。 伝承 | 29.33 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Kosambi | コーサンビーのゴーシタラーマ寺から長老ウルダンマラッキタが比丘三万人を連れて来た。 伝承 | 29.34 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Ujjeni | ウッジェニーのダッキナギリから長老ウルサンガラッキタが比丘四万人を連れて来た。 伝承 | 29.35 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Pataliputta | 花の都(パータリプッタ)のアソーカーラーマから長老ミッティンナが比丘十六万人を連れて来た。 伝承 | 29.36 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Kasmira | カシミールから長老ウッティンナが比丘二十八万人を連れて来た。 伝承 | 29.37 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Pallavabhogga | パッラヴァボーガから長老マハーデーヴァが比丘四十六万人を連れて来た。 伝承 | 29.38 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Alasanda | ヨーナ(ギリシア)人の都市アラサンダから長老ヨーナ・マハーダンマラッキタが比丘三万人を連れて来た。 伝承 | 29.39 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | ガマニが八人の大臣に八個の煉瓦を礎石として据えさせると大地が震え、長老ピヤダッシが説法して四万人が帰依した。 虚構 | 29.59-63 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | 沙弥ウッタラとスマナが北クル州から六個の大きな石を運び、舎利室を築いた。 虚構 | 30.57-60 |
| 紀元前158年 〜 紀元前137年 | Anuradhapura | ガマニ王が舎利容器を頭に載せ、サンガとともに塔を三度右遶して大塔に奉安した。 伝承 | 31.93-94 |
| 紀元前137年 | Anuradhapura | ガマニ王は重病になり、ディーガヴァーピにいた弟ティッサを呼んで大塔の完成を託した。 伝承 | 32.1-3 |
| 紀元前137年 〜 紀元前119年 | Dighavapi | サッダーティッサはアヌラーダプラからディーガヴァーピまで一ヨージャナごとに寺と塔を建て、ディーガヴァーピ寺とチェティヤを立てた。 伝承 | 33 |
| 紀元前119年 〜 紀元前110年 | Anuradhapura | ランジャティッサがディーガヴァーピにギリクンビラ寺を建て、大塔に石の壇を三つ奉納した。 伝承 | 33 |
| 紀元前104年 | Anuradhapura | 将軍カンマハッタカが都でカラタナガを制圧したが、弟ヴァッタガーマニが彼を殺して王となった。 伝承 | 33.33-34 |
| 紀元前104年 | Mahatittha | ヴァッタガーマニの即位から五か月後、ローハナのバラモン、ティッサが反乱を起こし、タミル七人がマハーティッタに上陸して王に天蓋を要求した。 伝承 | 33.37-40 |
| 紀元前78年 〜 紀元前64年 | Anuradhapura | 即位一年目、マハークリ・マハーティッサは変装して収穫作業で稼いだ賃金で比丘に供養した。 判定保留 | 34.1-4 |
| 紀元前64年 〜 紀元前52年 | Anuradhapura | 即位した反逆者コーラナガは、反乱の際に身を寄せる場所を与えなかった寺院十八か所を破壊した。 判定保留 | 34.11-13 |
| 紀元前52年 〜 紀元前46年 | Anuradhapura | 王妃アヌラーは愛人たちに次々と毒を盛り、シヴァ、バトゥカ、ティッサ、ニッリヤを王位に就け、最後は自ら四か月間統治した。 判定保留 | 34.16-28 |
| 紀元前46年 | Anuradhapura | 出家していたクータカンナティッサが軍を集めて帰還し、悪女アヌラーを殺して王となった。 判定保留 | 34.28-30 |
| 紀元前46年 〜 紀元前24年 | Mihintale | ミヒンタレのケティヤ山に布薩堂、石のトゥーパ、菩提樹を建て、都の周囲に七キュービットの城壁を築いた。 伝承 | 34.30-34 |
| 紀元前24年 〜 西暦5年 | Anuradhapura | バーティカバヤが大塔の下の壇から傘蓋まで香の練り物を指四本の厚さに塗らせ、花を埋め込ませた。 伝承 | 34.37-42 |
| 29年 〜 32年 | Mihintale | カニラージャヌティッサ王は反逆罪に問われた比丘六十人を捕らえ、ケティヤ山に閉じ込めた。 | 35.9-10 |
| 33年 | Anuradhapura | アマンダの甥イラナガがシヴァリを追い払い、都で天蓋を掲げた。 | 35.14 |
| 33年 | Anuradhapura | ランバカンナたちに追われたイラナガは象の助けで船に乗り西海岸へ渡り、三年滞在した後、軍を起こしてローハナのサンカラソーバ港に上陸した。 | 35.26-29 |
| 33年 〜 39年 | Mahagama | マハーガマ近郊のハリカラピッティでイラナガがランバカンナと戦い、双方に大きな損害が出た。 | 35.33-37 |
| 48年 | Anuradhapura | ティッサ池の祭りの競技で、弟ヤサーラーラカティッサが兄チャンダムカ・シヴァを殺し、王となった。 | 35.49 |
| 137年 〜 161年 | Anuradhapura | バーティカティッサカがマハーヴィハーラの周囲に城壁を築いた。 | 36.1-2 |
| 161年 〜 179年 | Anuradhapura | カニッタティッサカが長老マハーナガのためにアバヤギリにラタナパーサーダを建てた。 | 36.6-8 |
| 180年 〜 182年 | Anuradhapura | エカナーリカの大飢饉のとき、クンチャナガ王は比丘五百人分の施しを途切れることなく続けた。 | 36.19-20 |
| 182年 | Anuradhapura | 王妃の兄である将軍シリナガが騎兵と軍を整えて都へ進軍し、クンチャナガを攻めて王位を奪った。 | 36.20-23 |
| 223年 〜 231年 | Anuradhapura | 王妃の愛人アバヤナガは兄に気づかれて逃れ、バラティッタから船で海を渡ってインドへ行き、叔父スバデーヴァを残して国を分裂させた。 | 36.40-45 |
| 263年 | Anuradhapura | マハーセーナの即位式のため、長老サンガミッタが海を越え対岸から来て灌頂の儀式を執り行った。 | 37.1-2 |
| 263年 〜 272年 | Anuradhapura | サンガミッタに唆され、王はマハーヴィハーラの破壊を許し、同寺は九年間僧がいない状態になった。 | 37.7 |
| 263年 〜 272年 | Anuradhapura | 大臣ソーナと比丘たちが七層のローハパーサーダを取り壊し、その材木をアバヤギリへ運んだ。 | 37.10-11 |
| 263年 〜 290年 | Anuradhapura | 王はパッチナティッサパッバタ寺の大きな石の仏像をアバヤギリへ移して安置した。 | 37.14 |
| 263年 〜 290年 | Mahagama | 友の代わりに立ったメガヴァンナバヤは、マハーヴィハーラの破壊に激怒してマラヤで軍を集め、ドゥラティッサカ湖畔に陣を張った。王も迎え撃つべく進軍した。 | 37.17-19 |