ナーガラクルターガマ

ナーガラクルターガマ(正史 の史料)。扱う年は1292年 〜 1365年、出来事68件を年代順に整理。原文のライセンスと出典つき。

区分正史
視点内側の視点
扱う年1292年 〜 1365年
出来事の数出来事68件・地図に置いた24件
著者Mpu Prapañca
原題Nagarakṛtāgama / Deśawarṇana

地域の内訳: 東南アジア 68

出来事の一覧

年場所出来事原文の位置
1292年シンハサリ最後の王クルタナガラは、ジュナーナインドラの住処へ帰った(逝去)。仏教とシヴァ信仰の合一を実践した王として描かれる。raw 줄 1373, 필사 쪽 (111a)
1293年 〜 1294年ジャヤカトワン王が死に世界が沈んだ後、ナラヤ(ラデン・ウィジャヤ)がマジャパヒトで即位し、クルタラージャサ・ジャヤワルダナと呼ばれた。raw 줄 1406, 필사 쪽 (111b)
1316年Lumajangジャヤナガラ王はラマジャンでナンビ一派の敵を討ち滅ぼし、パジャラカンの砦が崩れた。raw 줄 1468, 필사 쪽 (112b)
1328年ジャヤナガラ王はハリハダ(ヴィシュヌの住処)に帰った(逝去)。宮中にはヴィシュヌ像を祀る祠があり、シラ・ペタクとブハットにもヴィシュヌ像が祀られた。raw 줄 1475, 필사 쪽 (112b)
1331年サデンとケタは臣下(ガジャ・マダ)に征服された。raw 줄 1494, 필사 쪽 (112b)
1334年ハヤム・ウルク(のちの王ラージャサナガラ)が生まれたとき、大地が揺れ、雨・稲妻・雷鳴が起こり、カンプドの山で雷が鳴り響いた。raw 줄 56, 필사 쪽 (92b)
1343年バリの王は犯した罪(ドゥス・チラ)のため討伐され、軍は崩壊した。バリは服属した。raw 줄 1500, 필사 쪽 (112b)
1350年ラージャパトニーは仏の座へ赴いた(逝去)。王ハヤム・ウルクはマジャパヒトにおり、母トリブワナ・ウィジャヤトゥンガデウィがジワナプラを預かった。raw 줄 74, 필사 쪽 (92b)
1353年王は国中の人々を率いてパジャンへ巡幸した。raw 줄 573, 필사 쪽 (99b)
1354年Lasem王は海岸の道(ティラニン・パシル)に沿ってラセムへ行き、続いて南の森の道をたどり、ロダヤ、トトル、シデマンを回って帰還した。raw 줄 573, 필사 쪽 (99b)
1359年王(ラージャサナガラ)は臣下、王族、僧侶、馬や車を率いてラマジャンへの巡幸に出発した。著者プラパンチャも随行した。raw 줄 580, 필사 쪽 (99b)
1359年パンチャガラの寺に立ち寄り、カプルンガンに泊まった。raw 줄 605, 필사 쪽 (100a)
1359年カプルンガンを発つ行列:神車(スヤンダナ)、荷車、象、馬、そして大臣たちの旗印をつけた車が連なる。raw 줄 610, 필사 쪽 (100b)
1359年バヤランゴに着き、そこで休んだ。raw 줄 666, 필사 쪽 (101b)
1359年王はガジャ・マダが建てたマダカリプラの寺院とシーマ(免税地)のそばに泊まった。raw 줄 673, 필사 쪽 (101b)
1359年王は海岸の道(パシル)に沿い、パトゥンジュンガンから海岸沿いを進んだ。raw 줄 753, 필사 쪽 (102a)
1359年クタ・バチョクに着き、海辺で遊興した。raw 줄 777, 필사 쪽 (102b)
1359年王はパトゥカンガンに到着した。東部地方の役人や大臣が集まり、挨拶した。raw 줄 820, 필사 쪽 (108a)
1359年パトゥカンガンに滞在中、バリとマドゥラの大臣やジャワ東方のすべての地の人々が来て、献上品(豚・羊・水牛・牛・鶏・犬と布地)を捧げた。raw 줄 882, 필사 쪽 (103b)
1359年王が供養したカラユの仏教寺院のシーマを巡覧した。raw 줄 941, 필사 쪽 (104b)
1359年カラユを発ち、クトゥガンへ行って休んだ。raw 줄 960, 필사 쪽 (105a)
1359年パジャラカンに着き、数日滞在した。南にはスダルマの仏教寺院がある。raw 줄 972, 필사 쪽 (105a)
1359年王は海辺の森の村ワナグラマの隠棲所を訪ね、そこに滞在した。raw 줄 979, 필사 쪽 (105a)
1359年Pasuruan帰路、パスルハン近くから南のカパナナン方面へ道をたどり、車を駆って長い道のりを来た。raw 줄 1089, 필사 쪽 (106a)
1359年Singosari王はシンハサリに着き、祖先の寺を訪ねて供養した。raw 줄 1090, 필사 쪽 (106a)
1359年シンハサリから南のカゲネガンへ行き、祖先神(バタラ・ダルマ)に供養した。raw 줄 1112, 필사 쪽 (107a)
1359年キダルのスダルマ寺院のそばで休み、その後、祖先の像に礼拝した。raw 줄 1149, 필사 쪽 (108a)
1359年ジャジャグに着き、像に礼拝した後、夕暮れに休み、シンハサリへ戻った。raw 줄 1150, 필사 쪽 (108a)
1359年 〜 1360年王は狩りに出て、ナンダカワナの森で大規模な勢子狩りを行った。狩りの後、獣が暴れ、死んでいく場面。raw 줄 1530, 필사 쪽 (113b)
1359年 〜 1360年狩りを終えて都へ戻る途中、バヌ・ハネット、タンジュンアン、パダマヤンを経て、スダルマ(ジャジャワ)方面に立ち寄り供養した。raw 줄 1733, 필사 쪽 (115b)
1360年王はティリブとソンプルへ行った。raw 줄 1951, 필사 쪽 (118a)
1361年王は臣下とともにパラーの寺へ行き礼拝(ムジャ)し、道中を楽しんだ。raw 줄 1957, 필사 쪽 (118a)
1361年Blitarパラーから、ワタル、バリタル、ジンベを経て進んだ。raw 줄 1960, 필사 쪽 (118a)
1361年バリタルから南へ道をたどり、ロダヤに着いて幾晩か泊まった。raw 줄 1966, 필사 쪽 (118b)
1361年Sumberjatiロダヤを発ち、シンピンで待機し、クルタラージャサを祀る寺の地で参拝の準備をした。raw 줄 1969, 필사 쪽 (118b)
1361年帰路、バジュララクシュミを経て、夕暮れに都(スワラジャ)へ戻り、供の者もそれぞれ家へ帰った。raw 줄 1982, 필사 쪽 (118b)
1362年トリブワナ女王の命により、ラージャパトニーの十二周忌の儀式(シュラッダ)を都で準備し執り行った。大臣たちは記された順序で仕えた。raw 줄 2015, 필사 쪽 (119a)
1364年ガジャ・マダ(マハーパティ)が世を去り、王は深く嘆いた。raw 줄 2382, 필사 쪽 (123a)
1364年ガジャ・マダの後を継ぐ重臣が選ばれた。プ・タンディ(アトマラジャ)、プ・ナラ(マンダリカ)ら。raw 줄 2403, 필사 쪽 (123b)
1365年Jambi属国の目録:スマトラのマラユ(マレー)の地のうちジャンビ。raw 줄 380, 필사 쪽 (96b)
1365年Palembang属国の目録:パレンバンがマラユ圏として挙がる。raw 줄 380, 필사 쪽 (96b)
1365年属国の目録:ダルマスラヤも同じく従っている。raw 줄 383, 필사 쪽 (96b)
1365年属国の目録:ミナンカバウ、シヤク、ロカン、カンパル、パネイなどスマトラ中部の地。raw 줄 383, 필사 쪽 (96b)
1365年Siak属国の目録:シヤク(シアク)。raw 줄 383, 필사 쪽 (96b)
1365年Rokan属国の目録:ロカン。raw 줄 383, 필사 쪽 (96b)
1365年属国の目録:サムドラとラムリ、またバタンとランプン。raw 줄 387, 필사 쪽 (96b)
1365年Barus属国の目録:バルス(スマトラ西海岸)。raw 줄 387, 필사 쪽 (96b)
1365年Sampit属国の目録:ボルネオ — カプアス、カティンガン、サンピット。raw 줄 390, 필사 쪽 (96b)
1365年Kotawaringin属国の目録:クタリンガとクタワリンイン。raw 줄 390, 필사 쪽 (96b)
1365年Sambas属国の目録:サンバスとラワイ。raw 줄 391, 필사 쪽 (96b)
1365年属国の目録:ボルネオの南東・東部 — セドゥ、ブルネイ、カルカ、サルドゥン、ソロット、パシル、サワク、タバルン、タンジュン・クテ、マラヌ。raw 줄 394, 필사 쪽 (96b)
1365年属国の目録:マレー半島 — ランカスカ、シャム、クランタン、トレンガヌ、ナコー、パカムアル、ドゥンウン。raw 줄 400, 필사 쪽 (96b)
1365年Singapore属国の目録:半島南端 — トゥマシク(テマセク)、サンヒャン・フジュンなど。raw 줄 403, 필사 쪽 (98a)
1365年属国の目録:ジャワ東方 — バリ(バダフル、ルワ・ガジャ)が筆頭。raw 줄 407, 필사 쪽 (98a)
1365年Taliwang属国の目録:スンバワ西部のタリワン。raw 줄 410, 필사 쪽 (98a)
1365年Dompu属国の目録:ドンポ。raw 줄 410, 필사 쪽 (98a)
1365年Bima属国の目録:ビマ(ビーマ)— サンゲアン・アピの傍ら。raw 줄 410, 필사 쪽 (98a)
1365年属国の目録:ロンボク・ミラ、ササクなど多くの島々。raw 줄 414, 필사 쪽 (98a)
1365年Bantaeng属国の目録:スラウェシ — バナタヤン(バンタエン)。raw 줄 417, 필사 쪽 (98a)
1365年Luwuk属国の目録:スラウェシ東部 — ルウク、ウダなど。raw 줄 417, 필사 쪽 (98a)
1365年Makassar属国の目録:マカサル、ブトゥン、バンガウィなど。raw 줄 421, 필사 쪽 (98a)
1365年Ambon属国の目録:ワンダン(バンダ)、アンブワン(またはマルク)、ワニン、セラン、ティモールなど東方の島々。raw 줄 424, 필사 쪽 (98a)
1365年Phra Nakhon Si Ayutthaya友好の外国:シャンカ(シャム)、アユティヤプラ(アユタヤ)。raw 줄 427, 필사 쪽 (98a)
1365年Nakhon Si Thammarat友好の外国:ダルマナガリ。raw 줄 427, 필사 쪽 (98a)
1365年友好の外国:マルトマ、ラージャプラ、シンハナガリ、チャンパ、カンボジャ、ヤワナ(安南)。いつも友(ミトラ)として付き合う。raw 줄 430, 필사 쪽 (98a)
1365年マドゥラ島は別個の外国としては扱わない。ジャワ本土と同じ海岸を共有し、事実上ひとつの国(トゥンガル)として描く。raw 줄 434, 필사 쪽 (98a)
1365年チャイトラ月の大集会。兵士・大臣・属国の人々が都に押し寄せ、ブバット広場に大きな会場が設けられた。raw 줄 2899, 필사 쪽 (129b)
1365年著者プラパンチャがこの詩を結ぶ。サカ暦1287年、アシュワユジャ月の満月。raw 줄 3160, 필사 쪽 (134a)

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